2015/12/15

サリー・マンと聖獣 2/2

(承前)
サリー・マンの撮影した写真の痛々しさ、壊れやすさ、美しさは、たしかにセクシュアルな感覚を刺激しないではない。作者自身の制作意図がどこにあったのかは、よくわからないが、身近な被写体を前に、ここまで徹底して妖精世界的な美を映しだした感覚には驚きを隠せない。

2015/11/13

サリー・マンと聖獣 1/2

童子の肖像は、ガラス細工だ。ヴァージニア州の自宅の庭で戯れる3人の子供たち。写真に映しだされたその姿は、ときにこの世の存在から乖離した美しさ、妖しさを漂わせ、ときに傷ついた野性の獣のように私たちの目に映る。サリー・マン(Sally Mann, 1951-) は、8×10ヴューカメラによって自身の子供たちを被写体に繊細な写真を撮った。

2015/10/25

ミンモ・ヨーディチェ、静寂の臨界

イタリアのナポリに生まれ、いまもその地に暮らす写真家ミンモ・ヨーディチェ(Mimmo Jodice,1934-)の作品は、静謐な画面のなかにただならぬ気配を感じ、見るたびに惹きつけられるものがある。緊張感が限界にまで達し、いまにも崩壊寸前の瞬間とでもいう感じ。空間や場所にこだわった写真という印象があって、そこに惹かれたのが最初だった。

2015/09/15

小林基行と少女たち

小林基行 (Kobayashi Motoyuki,1963-) の写真集「青春 トーキョースクールガール」に写しだされた制服少女たちを見ていると、夢路か高畠華宵、あるいは中原淳一の描いた大正ロマンの少女たちを思い出す。無垢なようでいてあざとく、稚拙さと成熟がまるでスープのようにそのなかで入り混じり、この時期だけの魅力を形づくっているかのようだ。

2015/08/15

ロレッタ・リュクスの陶磁器的身体


ロレッタ・リュクス(Loretta Lux,1969-)の作品をはじめてこれを見たとき、フォルカー・シュレンドルフ監督の『ブリキの太鼓』(79年)とスチュアート・ゴードン監督の『ドールズ』(86年)という2つの映画のイメージが頭に浮かんだ。

2015/07/15

ストロイリと都市生活者 (下)


ベアト・ストロイリは1957年、スイスの「古い町」(Altdorf)という名の町で生まれた。都市生活者を撮りはじめたのは80年代に入ってからで、20代の頃からかなり意識的に都市生活者をテーマにすえている。現在はドイツのデュッセルドルを拠点に活動している。

2015/06/15

ストロイリと都市生活者 (上)


ベアト・ストロイリ(Beat Streuli,1957-)は、新しいスタイルをもった路上スナップシューターというべきだろう。しかし、その写真を目にすると、一見、雑誌記事添えられた都市生活者をイメージ写真か、あるいはカタログに載せるコマーシャル・フォトのように見えなくもない。

2015/05/15

ジョー・ディールの断層写真 : 下

ジョー・ディールがモチーフとしたのは、断層地帯(fault zone)と呼ばれる場所だ。正確にはサンアンドレアス断層といい、米太平洋岸のカリフォルニア州南部から西部にかけて約 1300km にわたって続く。

2015/04/15

ジョー・ディールの断層地帯 : 上


ニュー・トポグラフィックスの写真家ジョー・ディール(Joe Deal,1947-2010
)が亡くなって5年ほどになる。癌による闘病生活が長かったが、62歳の死はまだ早いという印象だった。場所への関心が高まり、また新たな局面を迎えようとしているときだけに、あの一連の写真家たちの仕事にはいまも深い関心を寄せている。

2015/03/15

ガブリエッレ・バジリコと都市の記憶


イタリア人写真家ガブリエッレ・バジリコ(Gabriele Basilico,1944 -) の写真集『The Interrupted City』 (1999) に映しだされているのは、打ち捨てられたかような都市の姿だ。モノクローム画像 (一部を除く)として浮かびあがったそれらの現代都市には、なにごともなく整然と構造物が並んでいるのだが、そこに人の姿はなく、荒廃の風が吹いている。

2015/02/15

バスティアン・ポンの中間地点

エッチングの腐食液にさらしたようなざらついたテクスチャー。そこを幽鬼のような人影がゆきすぎてゆく――バスティアン・ポン (Bastien Pons. 1968-) が切り取ったモノクロームの日常風景には、独特の空気が漂っている。いや、正確にいうと、空気が凍りついて、あらぬ世界をかいま見せてくれる。
そこでは人が暮らし、活動しているのですが、だれもかれも彼岸の人のようで、生が孕んでいる死の影を思わせる。しかし、それは死の世界ではなく、あえていえば中間地点のような場所ではないだろうか。

2015/01/15

マチュー・ベルナール・レイモンの仮想空間

マチュー・ベルナール・レイモン(Mathieu Bernard-Reymond, 1976-) の写真作品は、複数の場面が巧妙なコンピュータ技術によって一枚の画面に合成されている。それはよく観察するとすぐにわかることだが、技術そのものよりもその技術によってもたらされた不思議な感覚に言及するのが本筋だろう。