2013/12/15

ビル・ブラント

写真集『レトロスペクティヴ2』をだしたマイケル・ケンナの、あの白を強調してつくりあげたその詩的なモノクロ画面は、ビル・ブラント (Bill Brandt, 1904-83) の影響が強いという。ブラントは1905年ロンドン生まれ。若い頃にドイツやスイス、フランスを旅行し、20代半ばでマン・レイに師事した。ほかにアジェ、ブラッサイ、ブレッソンらの影響を受け、31年に帰国。大恐慌時代を背景に、ドキュメンタリー写真を手がけた。

2013/11/15

セーヌ左岸の恋



「ドキュ・ドラマ」。現実をドキュメントしながら虚実ないまぜになったドラマを構築したエルスケンの写真作品は、そう呼ばれたりもする。このドキュ・ドラマの白眉は、やはりデビュー作「セーヌ左岸の恋」にあるだろう。学生の頃に書店でみかけて、すぐに購入した。私がはじめて買った写真集で、飽きずに何度も眺めたものだ。

2013/10/15

ハイディ・ブラドナー、事実と真実

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事実を伝えるか、真実を表現するか。
その問いを前にして、フォトジャーナリズムは“事実のなかにこそ真実がある”というシンプルな姿勢を貫く。
記録という客観性が強調される場合も、撮影者の主観に重きをおく場合も、ある事実に向けて焦点が絞りこまれていくことに変わりはない。ただしそこは、事実の背後にある課題と、表現の背後にある好奇心あるいは欲望が、つねに葛藤を繰り返している場でもある。

2013/09/15

松江泰治の地図

ここ20年ほど「場所」をめぐる写真が、興味深い展開をみせている。スポットライトがあてられることもあり、静かに先行している場合もある。
それまでにあまり見られなかったひとつの特徴があるとすれば、「私」と「場所」の関係から逃れ、「場所」を主体化した作品が目立つことだ。しかも名前の知れた個性的な空間を被写体とするのではなく、アノニマスな空間を対象としている点に共通項がある。

2013/08/15

楢橋朝子の不穏な気配

かつての風景写真は、撮影されている場所がどこなのか、それが重要な要素だった。写真家はそこを、その場所の固有性をどのように撮るかに頭を悩ませてきた。
ところが、最近はそうでもない。
つまり風景写真の匿名化が進んでいる。それは単に写真家個人の志向性に現れるというより、現代写真のひとつの傾向でもあるのだろう。

2013/07/15

ルシール・フェーレマンスの生命力

ルシール・フェーレマンス(Lucille Feremans,1950 -) はベルギー生まれの写真家で、パワフルで現代的な生命力を感じさせる女性像がその特徴をよくあらわしている。鮮明な色彩、ポラロイドやデジタル技術を用いたいくぶんエキセントリックなイメージ。それらが彼女の写真に、一見浅薄で表層的な刺激を与えると同時に、その裏でゆらめく現代的感覚を付加している。

2013/06/19

ジャン・ロー、普通であることの存在

フランスの写真家ジャン・ロー(Jean Rault,1949-)は、ポートレイトと庭という2つのテーマを写真の軸にすえている。
まず、彼の撮る無名の人物たちは自らの裸体をレンズに晒している。おそらくその日常空間で。それは取り立てて官能的でも、異様でもなく、まるで自身の裸体を見るかのような感覚さえもたらす。しかも男女にかかわらず。

2013/05/28

ソフィ・カルの奔放さ (下)

ソフィ・カルは1953年にパリに生まれ、そこで育った。大学に進んだものの中退して、その後7年間の放浪の旅にでる。レバノンに始まり、ギリシア、メキシコ、カナダ、アメリカへと旅は続く。その放浪から帰国したソフィは、他人の生活というものに感心抱き始める。『本当の話』はこうして制作されることになった。これにより、1979年に彼女はデビューを果たした。26歳のときだ。

2013/05/12

ソフィ・カルの奔放さ (上)

ソフィ・カル(Sophie Calle, 1953-)の著作『本当の話』は、日本語版が1999年秋に出版されている。当時は名前も知らなかったが書店で見てすぐに買った。アメリカ的ロードムービーをヨーロッパで、しかも女性の視点で展開するとこんなにも真新しいものが生まれるのかと思った。その世界は恋愛譚であり、探偵物語であり、偏執的酔狂、あるいは現代の『ナジャ』かもしれなかった。

2013/04/15

セクシュアリティという鍵、鷹野隆大

奇妙なぬめりが、ここ数年の写真やアート作品を見ていて気になる。そういう潮が、満ちてきているという印象だ。見ていると、肉のもつ生々しさが頭のなかに繁殖していく。独自のスタンスで肖像写真を撮り続ける鷹野隆大 (Takano Ryudai, 1963-) の作品にも、このぬめりがある。

2013/03/20

杉本博司の時間

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写真家・杉本博司()はミニマルアートを軸にすえた写真家として知られる。新刊『歴史の歴史』は、自選による本人所有の古美術をはじめ、世界の海を撮影した「海景」などの写真作品、さらに近年杉本が手がけた直島の護王神社の設計などに見られる空間プロデュースなどをまとめたものだ。


2013/02/25

追考 べアテ・グーチョウの崩壊感


(承前)
ベアテ・グーチョウのデジタル風景写真は、かなり大きなものだ。その大きさゆえに、画面に漂う欠落感のようなものが、より見る者に迫ってくる。あるべきはずのものが、ない。しかも、そのあるべきはずのものが、なんなのかよくわからない。そこに彼女の写真の魅力があるのはたしかだ。

2013/02/08

べアテ・グーチョウのデジタル写真


デジタル化は虚実の境をきわめて曖昧なものにしている。ドイツの写真家ベアテ・グーチョウ(Beate Gutschow,1970-) の撮影する風景もまた、デジタル合成によってシームレスな仮想空間を平面上に出現させている。

2013/01/15

島尾伸三の生活


島尾伸三(1948-)は小説家の父敏雄と母ミホのもとで神戸に生まれた。日常を書き続けた作家の、その血筋というものを伸三の写真にも感じざるをえない。それは血統がいいというような意味ではなく、生活を描くということが体得できているというようなことだ。その写真にはケレン味がなく、まるでお茶漬けかアジの干物でも食べているような気になる。