2012/04/27

ディーアガルテン 2/2:政治性


ゲッツ・ディーアガルテン(Gotz Diergarten)の透明感に満ちた写真は、その並外れたデザイン性ゆえに、きわめてクールで芸術的な印象を与える。しかし、そこには先に触れたように、ある種の政治性が潜んでいるような気がしてならない。かといって、撮影者自身が意図して政治を意識しているというのではない。

2012/04/21

ディーアガルテン 1/2:透明感


ゲッツ・ディーアガルテン(Gotz Diergarten, 1972 -) の撮るヨーロッパの家々や窓は、建造物としての存在感や重厚感を失い、まるで背景となった白っぽい曇り空のなかに溶けいってしまいそうだ。それほどの透明感が写真に漂うのは、色のセンスやタイポロジーという見せ方に負うところがかなり大きい。

2012/04/08

米田知子、記憶を暴く 2/2

2004年の夏に横浜美術館で開催された「ノンセクト・ラディカル 現代の写真III.」展では、歴史を背負った特定の場所を撮影した作品を展示。米田知子は『地雷原(地雷が埋められたサッカー場/サラエボ』などの作品で、一見すればなんの変哲もない場所をカラー写真で撮影しながら、残酷な物語を引きだそうとしていた。“写真の暗喩”とでもいえばいいだろうか。

2012/04/03

米田知子、記憶を暴く 1/2

米田知子が撮った高層集合住宅の並ぶ震災10年後の芦屋シーサイドタウンの写真を見て、ホンマタカシが撮ったアイスランドの写真を思いだした。水色に澄んだ、乾いた空と近代的で、どこか冷たさを感じさせる住宅群。そこに漂うある種の透明感や希薄さが、違和感となって、意識のなかに薄い皮膜を張っていく。