2010/09/22

マルティーヌ・フランク、風景としての人 2

マルティーヌ・フランクは美術の勉強を終えると、パリで写真家ジョン・ミリらの助手をする。しかし、どうもじっとはしていられない。行動派である。63年からアジアを旅して写真を撮り始める。まだ25歳だ。65年にフリーランスになると、欧米の雑誌に作品を発表するようになった。

70年には写真家集団マグナム創設者のひとりだったブレッソンと結婚。年の差は30だった。その後、フォトエージェンシーを設立し、80年にマグナムの準会員となり、83年に正会員として迎えられている。

2010/09/20

マルティーヌ・フランク、風景としての人 1


マルティーヌ・フランク(Martine Franck, 1938-)という名前は以前から聞いていたが、その写真についてはほとんど知らなかった。知識としてあったのは、写真家アンリ・カルティエ=ブレッソンの夫人であったということばかりで、写真も撮っていたという程度でしかない。

その名を久しぶりに見かけたのはこの夏のことで、東京・銀座ののシャネル・ネクサス・ホールで彼女の写真展が開催されるという。「女性への賛美」をテーマに、この写真家が撮ったフランスの女優や京都の芸者、あるいは移民施設で暮らす女性などモノクロ約60点が展示される。たとえばこれまでにも、京都・祇園の何必館で2008年秋にマルティニーク・フランク展が開かれた。興味がないではなかったが、訪れる機会はなかった。

2010/09/10

緑川洋一、豊饒の海 3


緑川洋一が光り輝く海の撮りはじめたのは、59年に4カ月間ヨーロッパを旅し、その際にノルウェーで見た海の光景に触発されたことによる。時間によって移り変わる異国の海の情景が、故郷の海のそれと重なった。

2010/09/08

緑川洋一、豊饒の海 2


さまざまなテーマに手を染めることは、創作者として得策ではない。それは緑川洋一にも充分わかっていたようだ。かといって一つのテーマを発見するのは容易ではない。それは自身の探求でもある。緑川はテーマを模索していたころも瀬戸内の光景だけは撮り続け、50年代になるとそれらが一つの塊として見えてくる。

2010/09/06

緑川洋一、豊饒の海 1


のどかな内海に牡蠣筏が浮び、漁船のエンジン音が聞こえる。海岸線は複雑で、島が多く、日の出や夕暮れ時には、光の具合で海は刻々と表情を変える。瀬戸内の光と色彩に満ちた風景写真で知られる緑川洋一(Midorikawa Youich, 1915-2001)は、ここ、岡山県の虫明に生まれた。