2010/06/28

エレン・サマーズ、踊りと映像 2

エレン・サマーズはオーストラリアのパースに生まれ、米ボストンで育った。その後、1950年代にはニューヨークに移り住んでいる。ダンスと映像を結びつけるという構想は、かなり初期から彼女のなかに芽生えていた。

彼女がやろうとしたのは、おそらく新しいかたちで生の瞬間を表現したかったのではないだろうか。下の映像にはそれが特徴的だ。ふたりのダンサーがゆっくりとした動きのなかで近づき、地面を蹴って飛翔する。そのままm抱きあおうとした瞬間、彼女たちは身を翻して、美しく着地する。この映像は「Two Girls Downtown Iowa (1973)」とある。

モダンダンスに詳しければ、このスタイルはまさにコンタクト・インプロビゼーション(contact improvisation)である。72年にスティーブ・パクストン(Steve Paxton)が考案したもので、ふたりのダンサーが身体の一部を接触させつつ行い即興舞踏をさす。スティーブもジャドソン・ダンス・シアターの重要なメンバーだった。
即興ダンスは本来、ひとりで踊られるものだったが、ここに他者を持ち込むことで、未知なる動きや意外な展開が生まれる。これによって、ダンスが観客を意識するものから、自身の身体の声を聞き、対峙するダンサーの動きに知覚を集中させる新しい展開が誕生した。

サマーズはこの時期、すでに Elaine Summers Dance & Film Companyを立ち上げていた。カンパニーが最初の発表を行ったのは71年のことだ。上記の映像はその2年後に撮られている。同じ年、「Iowa Blizzard (1973)」を制作した。こちらは12人のダンサーたちによる群舞だ。大雪のアイオワ大学で撮影したとサマーズが書き記している。

いずれも屋外で演じられ、撮影されている点もサマーズらしい。すでにダンスは舞台という場から脱出し、芸術を支えてきた場からの自立を模索したともいえる。前衛とはある意味で内部に閉ざされた芸術だ。それゆえ、内輪に閉ざされ、内側に神経を注ぐことで、壁を破るというアンビバレントなエネルギーを秘めている。

最近では、映画「ロード・オブ・ザ・リング/旅の仲間」でリック・ポラスとともに共同製作者として名を連ねている。 (了)

※エレンサマーズ1へ
Two Girls Downtown Iowa (1973)

Iowa Blizzard (1973)

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