2010/06/24

バニエ、普段着のポートレート 2

一群の写真を見て、これはだれが撮ったのだろうと思う。写真が優れていたというより、被写体に惹かれてのことだ。最初はそこに映っているのがだれなのか、わからなかった。見ているうちに、気づきがあった。「ゴドーを待ちながら」を書いたサミュエル・ベケット(Samuel Beckett, 1906-89)だと。それにしても痩せている。ショートパンツ姿の痩せた老人が、海岸べりを歩いている。女性にも見まがうばかりのしなやかさだ。

フランソワ・マリー・バニエの写真がいいというより、ベケットがいい。いかにも無防備だ。場所はおそらくモロッコのタンジェだろう。多くの作家が取り憑かれた街。間と沈黙による芝居を書きあげたベケットがそこにいる。思想が写真に浮かびあがるのではない。むしろそういうものを剥ぎ取ったベケットが写っているというべきだろう。
バニエは器用で才能もあるが、コクトーになれるわけではない。バスキアになれもしない。しかし、人としてのベケットを、あるいは作品によって偶像化された著名人たちを、その心の隙間に入り込んで写し撮ることはできる。これはそういう写真なのだ。 (了)





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