2010/06/22

バニエ、普段着のポートレート 1


フランスの純文学系作家フランソワ・マリー・バニエ(Francois-Marie Banier,1947-)の写真展が東京都写真美術館で開かれたのは10年前、2000年秋のことだった。大きく引き伸ばしたモノクロ写真に、カラフルなペイントを施したり、細かい字でなにかを書きつけたり、被写体の輪郭をなぞったりしたものだ。とくに珍しくはない。写真自体は静謐だが、そこにさまざまな不純物が持ち込まれる。まるで日常のようだ。被写体は俳優や作家、映画監督、ピアニスト、あるいは無名の人々。なにげない表情でフィルムに収まっている。とくに優れた写真という印象ではない、むしろ素人っぽい。それがパリではよかったのだろう。

スキがある、というのはたしかに美徳だ。少なくとも人を惹きつける。人目を意識しすぎたナルシスティックな存在は、人を遠ざける。写真も同じだ。書き込みや加工を可能にし、人を近づける。2007年には「Le Brestalou」と題した写真集を出版した。俳優ジョニー・デップとその家族を撮影したものだ。そこに登場するのは普段着の彼らの姿だ。しかし、撮られている以上、撮影者と被写体の関係がいくら密であったとしても、どこかに自己演出が忍び込む。この写真集はその衒いなき衒いを感じる。悪くもないが、特筆すべき強烈な魅力があるわけでもなかった。

バニエは絵も描く。その絵もやはりテキストが多用され、絵と文字、あるいはフリーハンドによる描線がデザイン的な画面を作りだしている。そこにやや緊張感が漂うのも、いまふうだ。
この作家のなにが気になったのか。それは被写体への、とりわけ名前の知られた人物への接近の仕方というようなものかもしれない。(つづく)

 Banier' site
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