2017/02/25

デニス・ストック 2/2 : ジャズ

(承前)
デニス・ストック(Dennis Stock)とジャームス・ディーンが親密になった背景には、どこかリリカルな気配のあるストックの写真からして、ふたりの資質にかなり共通したものがあったからだ。
たしかにストックの写真には、きわめてスタイリッシュであると同時に、あざとさがある。構図を作りすぎ、その作為が透けて見えてくる。しかし、そのあざとさが独得の甘さを生み、ストックの写真にひとつの世界を与えている。嫌悪すべき対象となる前に、舌のなかで蕩けていくレアチーズケーキのようだ。それは甘すぎず、むしろさりげなくて、追憶を誘う。

2017/01/25

デニス・ストック 1/2 : ジェームズ・ディーン


須賀敦子の書いた小文に「雨のなかを走る男たち」というのがあって、傘をささず、衿をつかんで、肩をすぼめながら雨のなかを走り去る男たちの姿が描かれている。記憶のなかにあるヨーロッパの街角や映画のシーンなかなどに、そうした姿を思い浮かべることはできるだろう。

2016/12/25

ブラヴォのメキシコ

メキシコを代表する写真家マヌエル・アルバレス・ブラヴォ(Manuel A'lvarez Bravo,1902-2002)が生まれたのは、首都メキシコシティの大聖堂の裏手だった。旧市街の中心部にあたり、かつては古代メキシコの神々を祭っていた場所で、いまなお発掘が行なわれたりしている地区だ。
一度この地を訪れたことがある。近くには大統領府があったりするのだが、大聖堂の裏手には小さな商店が軒を並べ、どこか荒涼としてこの国の血の熱さを感じさせる場所だ。

2016/11/25

バターリア・レティツィアとシチリア 3/3

 
(承前)
先進国の日常にあっては死体は用意周到に人々の目から抹殺されている。にもかかわらず、地中海のこのイタリアの島にはこん なにも日常に死が晒されているのか、ということにまず驚く。モノとなったからだ、しかしそれはモノではなく人としての形体を保ち、あくまで人であることの 気配を強く漂わせている。シチリアの社会的崩壊をセンセーショナルかつ象徴的な写真によって、レティツィアとフランコは世界に提示した。


2016/10/25

バターリア・レティツィアとシチリア 2/3


battaglia_mostra

(承前)
シチリアに戻ったレティツィアにとって、降りかかるようにしてそこにあったのはマフィアの問題だった。政治や司法にまで深く根を張ったそれを見つめ、対峙することは自分にとって義務だという思いが彼女にはあった。


2016/09/25

バターリア・レティツィアとシチリア 1/3

 

バターリア・レティツィア(Letizia Battaglia)とフランコ・ゼッキン(Franco Zecchin)の写真展を見たのはずいぶん昔のことで、セーヌ川を挟んでエッフェル塔がすぐ近くに見えるパレ・ド・トーキョーでのことだった。初夏のころだったが曇天の寒い日で、それがふたりの写真の強い刺激性を印象づけた。それらのモノクロ写真は、どろんとした黒い血だまりに倒れる死体をいくつもいくつも、まるでフィルム・ノワールの映像をスチールにしたかのように写し撮っていた。いや、映画ではなくあくまで事実がそこにあって、その強さに打たれた。

2016/08/25

アーロン・シスキンのミロ写真



ミロがモノクロ写真を撮ったらこうなるのかもしれない、と思わせたのは、アーロン・シスキン (Aaron Siskind, 1903-91) の写真を見たときだ。
そこではグラフィカルな視覚効果が中心に考えられ、ミロのような幻想はなく、ただただ風景のなかに見出した模様が無機的に浮遊している。そこにいくばくか乾いた抒情が漂う。抒情というより、諧謔というほうが近いかもしれない。

2016/07/25

鈴木八郎、過酷な庭 2/2


(承前)

昭和13年、日中戦争のなかにあって近衛文麿内閣が国家総動員法が施行した。写真家鈴木八郎が上梓した「わが庭を写す」の表紙には、三輪車を写した白黒写真が載せられている。蔦のしげる家の壁、開き窓のした置かれた三輪車は、子供の使う玩具にもかかわらず大きな存在感を放っている。簡素な構造だが機能的でどこか神経質な感じもある。揺れ動く時代のなかで国や社会の思いを仮託されたかのような形にも見える。