2017/04/25

マルク・リブーの好奇の視線


フォトジャーナリストはなんらかの歴史的場面に立会い、ある一瞬を定着させることを希求し、同時にそうあることを運命づけられている。しかし、それらを満たすことのできるのは一握りの人々かもしれない。フランスのリヨンに生まれたマルク・リブー(Marc Riboud, 1923-) は、間違いなくその一人といえる。

2017/03/25

東松照明の戦後


ニューヨークの「the Japan Society」で写真家・東松照明(1930-2013)の作品展が開かれたのが2005年の秋で、ニューヨーク・タイムスがこれを高く評価した記事を載せた。戦後日本を代表するこの写真家が、なにを見つめ続けてきたのか。それは1930年に名古屋市に生まれ、思春期を戦火の元に過ごしたことと切り離すことはできないだろう。

2017/02/25

デニス・ストック 2/2 : ジャズ

(承前)
デニス・ストック(Dennis Stock)とジャームス・ディーンが親密になった背景には、どこかリリカルな気配のあるストックの写真からして、ふたりの資質にかなり共通したものがあったからだ。
たしかにストックの写真には、きわめてスタイリッシュであると同時に、あざとさがある。構図を作りすぎ、その作為が透けて見えてくる。しかし、そのあざとさが独得の甘さを生み、ストックの写真にひとつの世界を与えている。嫌悪すべき対象となる前に、舌のなかで蕩けていくレアチーズケーキのようだ。それは甘すぎず、むしろさりげなくて、追憶を誘う。

2017/01/25

デニス・ストック 1/2 : ジェームズ・ディーン


須賀敦子の書いた小文に「雨のなかを走る男たち」というのがあって、傘をささず、衿をつかんで、肩をすぼめながら雨のなかを走り去る男たちの姿が描かれている。記憶のなかにあるヨーロッパの街角や映画のシーンなかなどに、そうした姿を思い浮かべることはできるだろう。

2016/12/25

ブラヴォのメキシコ

メキシコを代表する写真家マヌエル・アルバレス・ブラヴォ(Manuel A'lvarez Bravo,1902-2002)が生まれたのは、首都メキシコシティの大聖堂の裏手だった。旧市街の中心部にあたり、かつては古代メキシコの神々を祭っていた場所で、いまなお発掘が行なわれたりしている地区だ。
一度この地を訪れたことがある。近くには大統領府があったりするのだが、大聖堂の裏手には小さな商店が軒を並べ、どこか荒涼としてこの国の血の熱さを感じさせる場所だ。

2016/11/25

バターリア・レティツィアとシチリア 3/3

 
(承前)
先進国の日常にあっては死体は用意周到に人々の目から抹殺されている。にもかかわらず、地中海のこのイタリアの島にはこん なにも日常に死が晒されているのか、ということにまず驚く。モノとなったからだ、しかしそれはモノではなく人としての形体を保ち、あくまで人であることの 気配を強く漂わせている。シチリアの社会的崩壊をセンセーショナルかつ象徴的な写真によって、レティツィアとフランコは世界に提示した。


2016/10/25

バターリア・レティツィアとシチリア 2/3


battaglia_mostra

(承前)
シチリアに戻ったレティツィアにとって、降りかかるようにしてそこにあったのはマフィアの問題だった。政治や司法にまで深く根を張ったそれを見つめ、対峙することは自分にとって義務だという思いが彼女にはあった。


2016/09/25

バターリア・レティツィアとシチリア 1/3

 

バターリア・レティツィア(Letizia Battaglia)とフランコ・ゼッキン(Franco Zecchin)の写真展を見たのはずいぶん昔のことで、セーヌ川を挟んでエッフェル塔がすぐ近くに見えるパレ・ド・トーキョーでのことだった。初夏のころだったが曇天の寒い日で、それがふたりの写真の強い刺激性を印象づけた。それらのモノクロ写真は、どろんとした黒い血だまりに倒れる死体をいくつもいくつも、まるでフィルム・ノワールの映像をスチールにしたかのように写し撮っていた。いや、映画ではなくあくまで事実がそこにあって、その強さに打たれた。